〈生涯現役〉玄瓏貴さん(77)/喜寿迎え、子から「個展」のプレゼント

《朝鮮新報》2013.04.17

「お金より大切なものがいっぱいある」

先日、東京・練馬区の練馬区立美術館区民ギャラリーで、はじめての個展「玄瓏貴作品展 ―喜寿記念―」を開いたばかり。会場には、玄瓏貴さん(77)が41歳から習い始めて52歳の頃から手がけてきた、漢字や朝鮮語の、大小さまざまな書の作品が飾られた。

喜寿を迎えた玄瓏貴さん

音楽好きな少女

1936年、玄さんは兵庫県神戸市で生まれた。在日1世だった母は、朝鮮が日本の植民地支配下に置かれていた時代、13歳で「紡績工」として玄界灘を越えてきた。

「両親は、貧しい暮らしの中でも人生を楽しむ人だった。オモニは、それこそ学校の門をくぐることさえできなかった人だったけれど、映画が好きで、週末になると私の手を引きよく映画館へと足を運んだ。アボジは音楽好きな人だった。海や山、お花見など、私は両親から家族で過ごす喜びを教えてもらった」

戦争が激化すると、一家は神戸を離れ、大分県に疎開した。そして、解放と同時に大阪へ。

「戦争が終わったのが9歳のとき。みんなひどく貧乏で、本当はやりたかった音楽への道をあきらめざるを得なかった」

47年、横浜へと移り、その2年後には東京朝鮮中高級学校中級部に入学した。卒業後はしばし上野や池袋の名曲喫茶のレコード係として、大好きな音楽に包まれた時を過ごした。

総聯の活動家だった夫と出会い、玄さんは、生計を支えるため、婦人服や子ども服の製造メーカーで働きながら2男1女を育てた。当時の様子は、130首にもおよぶ自作の短歌に収められている。

「ごつごつの わが掌を吾子は又 今宵も求めて 頬にあて寝る」「何よりも 好きな音楽聴きながら 納期迫れる ミシン踏むなり」「貧しくも 心豊かに育てよと 願いて跳ねる 吾子達眺む」

目まぐるしく過ぎていく仕事と育児の毎日。そんな中でも、玄さんは総聯文化局が主催する芸術コンクール中央大会の声楽部門に毎年出場し、79年には新星日本交響楽団合唱部に入団、現在に至るまで活動を続けている。本当に音楽が好きなのだ。しかし、音楽とは別に、「何か勉強になることをやりたい…」との思いが当時玄さんの胸の奥にくすぶっていた。

作品について丁寧に説明する

書芸との出会い

「習字はどうだろう?」。41歳のとき、学書院所属三つ木書道塾に入会し、それから10年間書と向き合い続けてきた。88年夏に学書院院長 柳田泰雲 書道師範資格を取得。時を同じくして、在日同胞の書道団体結成の準備が進められていた。

玄さんが常任理事を務める「高麗書芸研究会」の発足は89年4月。「同胞どうし団結して民族書芸を発展させていこう」との思いで、彼女を含む13人の同胞書芸家、愛好家たちが立ち上げた。結成以来、高麗書芸研究会は、ウリクル(朝鮮文字)を中心に「民族書芸」の発展に尽力し、今では全国各地に500余人の会員を持つ。玄さんも、展示会への出品はもちろん、夫の転勤で引っ越した仙台で、東北朝鮮初中高級学校(当時)に書芸講師として赴き、後進の育成に力を注いだ。日本、平壌、中国・延辺、ソウル、全州…。発表と交流の場は、一都市に留まらず、幅広く展開されている。

喜寿を迎えて、玄さんは「お金では買えないものを大切にしたい」と話す。「感謝する気持ち、優しさ、感動する心。そういうことを大切にしたい。それが幸せだと思っている」。

喜寿を記念して開かれた初の作品展は、実は玄さんの子どもたちが企画したものだ。大阪で長年文芸同美術部長を務め、グラフィックデザイナーでもある次男の高元秀さんが最初に企画を提案。「本人は遠慮したけど、僕たちが『今まで書いてきたものを並べたら良い』と押し切った」と話す。長男で金剛山歌劇団の作曲家(功勲芸術家)の高明秀さんは、「僕らが学生だった頃、わが家には毎朝食事の前に書と向き合うオモニの姿があった。在日同胞は、漢字やかな、朝鮮の文字を自分のものとして作品化できる。音楽も、美術も、独自の感性で発展させている。書芸が今、若い人たちにも魅力あるものとして伝わり、継承されていることに喜びを感じている」と話した。

玄さんは、「還暦の前の年、子どもたちに向かって、『お金で買うものは一切いらない』と言ったら、娘が書いた詩に、長男が曲をつけ、次男が私の肖像画を描いてくれた」と目を細めた。そして、ささやかな会食の席で、次男の連れ合いを含む4人の子どもたちがバッハの「G線上のアリア」他4曲をリコーダーで奏でるサプライズ公演に感激したと言う。

「お金より大切なものはいっぱいある。お金があっても孤独に暮らす人はいくらでもいる。子どものいる人、親がいる人、家族のいる人は、たくさん話し合って、笑って、良い思い出をたくさん作って。それが幸せにつながるから」

5月24~27日、東京・北区の北とぴあで開催される「第17回全国高麗書芸研究会 東京展」では、東日本大震災ウリハッキョチャリティー企画として、東北朝鮮初中級学校、福島朝鮮初中級学校で行われたワークショップ作品と、犠牲者追悼一文字揮毛合作般若心経、日本各地から寄せられた朝鮮学校生徒たちによる東北応援メッセージの展示も合わせてされる。

(金潤順)

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