在日本朝鮮文学芸術家同盟

〈ウリマルの泉(우리 말의 샘) 6〉

カンニングと「パパ」事件(부정행위와 「아빠」사건)

《朝鮮新報》2020.10.17

「事件」は60年前、4.19人民蜂起が勃発した年に京都朝鮮中高級学校へ入学した時に起きた。

1959年12月、在日朝鮮人の朝鮮民主主義人民共和国への帰国事業が始まったことで1960年4月、ウリ学校の学生数が一挙に増えた。京都中高の中級部の新入生も150人を超えた。1クラス30人ほどで5クラスあった。ウリ学校出身生はその中の1年1組だけで、あとの4クラスは日本の小学校出身生のクラスだ。私は1年2組で担任は一世の국어(クゴ・国語)科担当のソンセンニムだった。

コラージュ・沈恵淑

入学後間もない国語授業のことだった。子音を習う時にソンセンニムが「クとアでカ、ヌとアでナ」と教える。その時、「えっ、なぜ?」と疑問が頭をかすめた。「クとアならクァで、ヌとアならヌァじゃないのか。どうしてカ、ナになるんだ?」。それがどうしても理解できないまま数日後、教科書を読む試験を受けることになった。どうしよう、文字が読めない。迷った末、ルビを振ることにした。カンニングすることにしたのだ。試験当日、ドキドキしながら順番を待った。私の番が来たので読み始めた。その時だった。頭に衝撃が走った。ソンセンニムにいきなり頭を拳でゴツンと叩かれたのだ。「もういい。放課後、職員室に来なさい!」。一瞬、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。しばらく放心状態が続いた。

放課後、職員室に行くと「どうしてルビを振ったんだ」と追及された。私は「文字の読み方がよくわからなくて、それで…」と言うと「何がわからないのだ」と問い詰められた。「クとアが合わさったらクァで、ヌとアが合わさったらヌァになるはずなのに、どうしてカ、ナになるのかがよくわからなくて…」と言うと、「それでルビを振ったと言うのか。それは口実だ。勉強不足だからだ。仮名なんか振ったらもっと読めなくなるぞ。しっかり勉強しなさい」と言って席を立たれた。

私も立とうとすると横におられたソンセンニムが「ローマ字はわかるか」と聞いてきた。「イェー」と答えると、そのソンセンニムは紙に「K」を書いて「これをどう読む?」と聞く。「ケイです」。「N」を書いて「これは?」。「エヌです」。KA、NAと書くと「では、これは何と読むんだ?」。「カ、ナです」。するとソンセンニムはK(ㄱ)+A(ㅏ)=KA(가)、N(ㄴ)+A(ㅏ)=NA(나)と数式のようなものを書きながら「ローマ字のKはケイ、Nはエヌと言うが、KA、NAはカ、ナと発音する。朝鮮文字もㄱは그(ク)、ㄴは느(ヌ)と言うのでク、ヌと教えられたが、ローマ字の読み方と同じようにㄱとㅏを合わせた가はカ、ㄴとㅏを合わせた나はナと発音するんだ」と説明してくれた。まさに目からウロコだった。その後、2~3週間ほどで文字の組み合わせと発音を覚えることができた。

どうにか勉強についていけるようになった5月末に、また「事件」が起きた。

ある日の朝、校舎に向かう私の後方から誰かを呼ぶ子どもの声がした。後ろを振り向くとかわいい女の子が「パパ! パパ!」と呼びながら走って来るではないか。瞬間、自分の耳を疑った。「えっ、パパ!?」。まさかと思いながら前に目をやると、なんといつも朝礼で私たちに「ウリマルを一日も早く使えるよう一生懸命勉強しましょう」と言っておられるソンセンニムではないか。ショックで頭が真っ白になった。学生にはウリマルを使いなさいと言っておきながら自分の子には「パパ」と呼ばせる!? 信じられないことだ。その日からこのソンセンニムの話が頭に入ってこなくなった。自分の無知による誤解だったことに気づくまでは。

そうこうしているうちに夏休みが近づいてきたある日の国語の時間だった。「아버지(アボジ・おとうさん)と어머니(オモニ・おかあさん)には別の呼び方があるが誰か知っているか」とソンセンニムが聞かれた。誰も答えない。するとソンセンニムは「アボジは아빠(アッパ・おとうちゃん)、オモニは엄마(オンマ・おかあちゃん)と呼ぶんだ」と教えてくれた。ハッとした。瞬間、女の子の姿が頭に浮かんだ。あの時、女の子は「パパ」ではなく「アッパ」と呼んだのだ。アッパというウリマルを知らなかったばかりに「アッパ」が「パパ」と聞こえてしまったのだ。無知がもたらした誤解に恥ずかしさを感じながら知ることの大切さを痛感した。

人は自分の知識でものを見たり聞いたり話したりする。しかし、自分の知識以上のことを考えたり理解することはできない。知識が足りないと井の中の蛙になって誤解や失敗をする。誤解や失敗をしないためには多くの知識を身につけなければならない。

「知識はパワーである」ということばがある。しかし、知識はパワーそのものではない。潜在的なパワーにすぎない。知識がパワーに変わるのは、それに基づいて行動をとったときだ。知識を得るためにまずしっかり学ぶこと、そして得た知識を行動に移す。こうして初めて知識がパワーになるのだ。私たちに必要なのは、雑多な知識ではなくパワーに変えられる生きた知識を身につけることだ。

無知が、他人の尊厳だけでなく自分の尊厳まで損なうことがあることを気づかせてくれたこの「事件」が、私に夏休みにある行動を起こす決心をさせた。

아빠(アッパ)の語源

아빠はアボジの幼児語です。아빠は아바から来た言葉で아버지の아버と同じ語です。아버のことを古語では아바/아버/아비/어비と言いました。この言葉は本来「かしら、尊い存在、大きい存在、怖い存在」という意味を表した言葉です。아바は16世紀末以降の文献に、わずかですが出てきます。おそらく口語として使われていたため、文献にはあまり使用されなかったものと思われます。아바の形は19世紀頃まで存在していましたが、20世紀に入ると아바にㅂ音が添加され압바・아빠の形で表記されるようになりました。「朝鮮語辞典」(1938)には아빠が見出し語で出ており、아바を아버지の古語だと説明しているのを見ると、1930年代には아바は使われなくなっていたようです。ちなみに아버지の지は古朝鮮時代から使用されてきた言葉で、「人」を表します。大人になれば아빠のことを아버지と呼ぶのが普通ですが、現在、南朝鮮では幼少期だけでなく、青壮年も広く使っています。朝鮮でも女性はよく使っています。

(朴点水・朝鮮語研究者)

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