在日本朝鮮文学芸術家同盟

ウリマルを考える③在日のウリマルとヘブライ語/朴宰秀

《朝鮮新報》2022.08.10

ウリマルを考える③在日のウリマルとヘブライ語/朴宰秀

前回、在日朝鮮人の民族問題を解決するには、血統と言語、民族性を守りそれを取り戻そうとする帰属意識を育むことが重要だと述べました。今回は、この帰属意識を行動に移すことで2千年間の言葉の空白を埋めた人類稀な経験と、私たち在日朝鮮人のウリマルの継承という奇跡について考えてみたいと思います。

よみがえったヘブライ語

ヘブライ語は、旧約聖書の時代に話されたユダヤ人の言葉です。紀元70年にローマ帝国によってユダヤ人の国が滅び、彼らが世界各地に散らばったことで自分たちの言語であったヘブライ語も失われてしまいます。

国を失ってから2000年間、多くのユダヤ人は世界各地でユダヤ教を守りコミュニティーを作って自分たちの伝統的生活を続けてきました。外国にあっても民族のアイデンティティーを守り続けたのです。

彼らは、日常会話はその国の言葉で話しながらも、毎週土曜日ユダヤ教会堂でヘブライ語の祈祷文を読んでいました。ヘブライ語は日常会話では死語になってしまいましたが、ユダヤ教の聖典や儀式、祈りの言葉として受け継がれてきました。

日常生活では死語となったヘブライ語を現代によみがえらせたのが、エリエゼル・ベン・イェフダー(1858~1922)です。

19世紀後半にイェフダーは、ヘブライ語の新聞社を設立したり、ヘブライ語協会を組織するなどしてヘブライ語の普及に努めました。彼の努力によって古代語が日常の話し言葉としてよみがえったのです。

彼は、ユダヤ人が自分たちの土地を持つなら、自分たちの言葉を持つことが重要であると信じていました。彼はエルサレムに移り住み、数人の友人たちと共に家の中でヘブライ語以外の言葉の使用を禁止します。産まれてくる子どもたちにはヘブライ語以外は聞かせないようにしました。

イェフダーは、ユダヤ教の聖典やその他の宗教的文献、あるいはアラム語やアラビア語といった古代ヘブライ語と近い言語から語彙を収集し、ヘブライ語を現代語として復活させる試みに生涯をかけて取り組みました。彼は、世界中の図書館などを飛び回り、ヘブライ語の語彙を集めたのです。そして、今日のヘブライ語の基礎となった近代のヘブライ語辞典を編纂し出版しました。他にも、ヘブライ語で教育するための教科書作りにも取り組みました。

イェフダーの活動は、ヘブライ語を単なるイスラエルの公用語として復活させただけではなく、世界各地に離散したユダヤ人が一つとなるための文化とアイデンティティーの復活をももたらしたのです。これには2000年にわたり民族のアイデンティティーを守り続けた多くのユダヤ人の強い帰属意識が作用しました。

このようにして、古代の言語が復活し公用語として使われるようになったのは、歴史上類を見ない奇跡です。

ベン・イェフダーの評伝を書いたロバート・セントジョンは、大勢のユダヤ人を結びつけている絆は、宗教でも、迫害の経験でも、共通の文化や知識でもないと論じながら次のように結論付けています。

「自分たちの国が欲しいという燃えるような思いと同時に、異なった諸要素を結びつけている偉大な接着剤は、彼らの共通の言語なのだ」と。

継承されるウリマルの奇跡

現在、ウリマルを使うことのできる多くの在日同胞は民族教育を受けた人たちです。民族教育のおかげで、日本で生まれ育ったにも関わらずウリマルを聞き、話し、読んで書くことができます。2~3世だけではありません。4~5世も同じです。

海外同胞が4~5世まで自国の言葉を失うことなく継承していることはまさに奇跡です。

在日同胞1世は、日帝の植民地支配下で日本語の使用を強要され、すでに朝鮮語と日本語の併用者になっていました。その多くは教育の機会を奪われ、朝鮮語と日本語の読み書きができない文盲者でした。

解放直後の在日同胞2世も、ほとんどがウリマルを聞いて話し、読んで書くことができませんでした。

こんな状況の中、1世たちは自分たちの子どもにウリマルを教えるための国語講習所を日本各地に開設します。これが、民族教育へと発展し、ウリマルを守り継承する拠点として今日まで大きな役割を果たしてきました。民族教育が存在する限り、今後もウリマルは次世代へと継承されていくでしょう。

しかし、これは簡単なことではありません。なぜなら、私たちの前途を阻む障害物があまりにも多いからです。

国際結婚や帰化、居住地域の拡散、少子化、日本の学校教育を受ける子弟の増加などに加えて、在日同胞の民族自主意識の低下と民族性の稀薄化によりウリマルの使用環境は日ごとに悪化しています。

日本政府の総聯と民族教育に対する露骨な差別と迫害はこれに拍車をかけています。

この困難な状況を私たち在日の団結した力で乗り越えなければ、ウリマルの継承と民族の存続という奇跡は途絶えてしまうでしょう。

私たちは、今まで自らの力でこのような困難に打ち勝ちながら総聯組織と民族教育、在日朝鮮人社会を守ってきました。

在日の歴史の教訓は、どんな差別や迫害にも屈することなく、民族の誇りをもって生きようとする強い意志と行動が重要だということを教えています。

金正恩総書記は総聯第25回全体大会の参加者に送った書簡で「異国の地に住んでいる同胞にとって民族の血統を固守するところに愛国の真の姿があり、ウリマルで話す時間はすなわち愛国で生きる時間です。総聯は、同胞の間に血縁的つながりを結ぶ手段であるウリマルと文字を好んで使うことが民族性固守の出発点、愛国の第一歩になるということを深く胸に刻み、総聯の組織と団体、機関と学校、家庭など同胞社会のどこでも美しく、優れたウリマルが高らかに響き渡るようにしなければなりません」と述べています。

ウリマルは、在日朝鮮人が団結して生きていく手段として私たちの生活と密接に結びついています。

ウリマルの習得と使用は、ウリ学校や民族文化教室でのウリマル習得だけでは解決できません。

総聯の活動家が日常的にウリマルを使おうとする強い意識を持って、全同胞的なウリマル運動を繰り広げることが重要です。総聯のすべての組織と機関を総動員してウリマル運動を展開しなければ、ウリマルと民族教育、同胞を守ることができないと思います。

私たちは、ウリマルで話す時間は愛国で生きる時間であるという金正恩総書記の教えを胸に刻み、ウリマルを守り普及することに心血を注ぐべきです。

国内外の8千万の朝鮮民族を一つにつなぐのは紛れもなくウリマルなのです。

【プロフィール】1970年、朝鮮大学校文学部卒業。同校で48年間勤務。文学部及び文学歴史学部学部長、朝鮮語研究所所長を務める。東京外国語大学、関東学院大学、京都造形芸術大学で非常勤講師を歴任。現ハングル能力検定協会相談役。朝鮮民主主義人民共和国教授、言語学博士。

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